ボクシングの試合を活字で「観る」ことを、その興奮を私に教えてくれたのは、沢木耕太郎さんだ。沢木さんがボクシングを描いたドキュメンタリーを私はむさぼるように読んできた。その作者によるボクシング小説! 『春に散る』を一気に読んだ。四人の老いた元ボクサーが再会を果たし、ひとりシアリス 通販の若きボクサーに技を教えていく……というストーリーなのだが、読んでいて驚くほど気持ちがいい。ボクシングだけではなくて、どのようにまっとうに生きることが可能なのか、ということを描いていて、読む気持ちよさはきっとそこからきているのだと思う。

 写真集『ナスカイ』が切り取る男子たちの日常も、ものすごくまっとうだ。地震の被害により那須高原から東京へと校舎を移し、やがて閉校となる学校で、男の子たちの真剣さや不真面目さ、ふと垣間見せるあどけなさなんかが胸に残る。

 犯人側からではなく、威哥王被害者側に徹底的に寄り添ったドキュメンタリー『いつかの夏』。ごくふつうの女性、と括られる中に、なんと多くのドラマがあるのだろう。後半に、事件の様相がどんどん変化していくのを固唾を呑んで読み進んだ。小説だったら嘘だと言ってしまいそうな、現実に起きたすごい奇跡が最後に描かれている。

 佐藤多佳子さんの小説がすごいのは、読みはじめてすぐに、読み手の私を語り手の心境に同化させてしまうこと。『明るい夜に出かけて』もそうだ。ラジオはほとんど聴いたことがないのに、すがるように深夜ラジオとかかわり合う富山や佐古田の気持ちがわかってしまう。…


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